「こはぜ」は足袋・脚絆・手甲などの合わせ目をとめるのに使われる爪形のものです。合わせ目の端につけ「こはぜかけ」にかけて合わせてとめます。現在「甲馳」と書きますが、これは当て字に近く「二つ以上の物を硬物質でつなぎ合わせひとつにする」の意に近いようです。
足袋は、平安中期 鼻緒のずれを防ぐ為に生まれましたが、一般的ではなく高齢者や寒い季節にのみ許されるなど領主の許可が、必要な程でした。その足袋が、馳付、つまり甲馳をかけるようにした仕立になったのは、明治中期頃のことです。江戸時代には、鯨のヒレを使用した例もありますが、足袋としては、特殊で、それまでの足袋のほとんどは、紐付でした。第1次大戦後の好景気時には、18金製の甲馳が、登場したこともありますが、第2次大戦が、始まると金属の使用制限特に真鍮の使用が禁止となり、その代用として鉄板に亜鉛メッキをした甲馳が、製造されました。
ところが、錆(さび)が、ひどく足袋を汚してしまう問題にぶつかりやむなく政府にアルミ板の配給を受けました。代用のプラスチック製などもありましたが実用とせず、一足六枚ある甲馳を四枚に節約するなどして政府の指示された製造をしたようです。戦後アルミや真鍮ができ、徐々に真鍮馳使用の足袋が、作られるようになり、真鍮にニッケル鍍金した美しい馳が、多く使用されるようになり現在に至っています。
さて多大な難問を乗り越えてきたわけですが、新たなる問題が生じてきました。着物を着て足袋をはくのが、一般の人々の当たり前であった時代には、甲馳かけに甲馳をかけ普段の生活で足袋が脱げなければ それで用をなしていたものが、着物を着る習慣が、日本人から離れ洋服に流れてしまった事で足袋の必要性が極めて少なくなった訳です。
日本古来の祭事、行事(職業)は、別としても一般の人々が、人生の節目での慶弔の儀式など日本人の正装としてのみ使用されるにとどまっている現状です。そのようになってくると甲馳の役目は、ただ足袋が、足から脱げないだけの手段としてではなくいかに素足にフィットし、甲馳が、金属性である事を疑う程の柔軟性に富んだものであるかが問われてくるのです。すなわち本物志向の甲馳の必要性が、ここに打ち出されてくる訳です。
我々は、その問題を解決するために甲馳に溝のある真鍮線を巻き、甲馳の枠組みをすることによって弾力性、バネ性に優れたわみ力も増し足に異物感を与えず体の曲線にフィットするようにできています。御承知の通り、着物を美しく着こなすか否かは、足許で決まるといわれる程、足許からの着こなしは、大切です。 日本の民族衣装である着物。その着物に欠く事のできない足袋。着物をまとった者は、足袋を素足の如くはき、立っても座っても、歩いても甲馳の存在に気づかぬ程の足袋である事が、望ましいのです。
足袋をはいてしまうと決して目に触れる事のない甲馳ですが、それ故にいかに皆様に違和感なく体の一部にまでなりうることのできるような金属にできるか日々努力し誇りを持って、甲馳製造に取り組んでいきたいと思っています。
わずか人の爪程度の大きさの甲馳に我々の「心」を感じて頂ければこの上なく幸いです。その心意気を御理解頂ける方々が、年々減少している現在、どうか皆様のお力で日本の文化である本物甲馳を発展をご支援頂けますように何卒よろしくお願い致します。
- 腐食テスト -
↓青山こはぜの断面 ↓腐食液に漬けた後の断面
↓他のこはぜの断面 ↓腐食液に漬けた後の断面
上の断面写真を見ていただくとわかるように、他のこはぜは縁をかしめているのに比べ、 青山こはぜは溝のある真鍮線を巻いて縁どりをしています。そのため、丈夫(腐食テスト結果)で、弾力性バネ性に優れ、たわみ力も増し、足に異物感を与えず体の曲線にフィットする作りになっています。 また、縁どりの中にトルマリンパウダーをいれることで、ストレス解消、癒し効果も期待できます。 その他、確かな型押し技術を用いた日本製で、大変丈夫であるという特徴があるため、他のこはぜより安心してお使いいただけます。